コラム

韓国「父姓主義」への違和感と日本の夫婦別姓問題

2020年11月14日(土)14時20分
李 娜兀(リ・ナオル)

夫婦別姓に世論調査で7割も支持があるのなら…… NED SNOWMAN/SHUTTERSTOCK

<姓をめぐる事情は各国それぞれ。韓国では姓は家ではなく個人に付く。「親からもらった姓は変えない」という儒教的発想で昔から夫婦別姓だが、子供の姓をめぐっては非合理な問題を抱えている>

先日、娘たちの名前のことで思わず「はっ」とした。東京高裁が「選択的夫婦別姓」を認めない民法の規定は合憲と判断したとのニュースを見たためだ。

日本国籍を持つ娘たちの名前は、姓と名の意味のつながりを考えて付けた。「親からもらった姓は変えない」という儒教的発想から、韓国は中国などと同様に昔から夫婦別姓だ。結婚したら娘の姓が変わる可能性があるのだということを、当時は思い付かなかった。

結婚するかどうかも含め、姓のことは大人になった娘たちが自由に決めてくれればいい。とはいえ変わる可能性に思い至らず、あれこれ考えていた当時のことを思い出すと、随分とぼんやりしていたものだと思う。

家族の在り方と絡む姓についての考え方は、国によって違う。アメリカで暮らしていた頃、周囲のアメリカ人はうちの家族のことを「李ファミリー」と呼んだ。韓国の感覚では姓は家に付くものではなく、個人に付くものなので、やや違和感があった。たまたまわが家は母親の姓も李だったので、「自分も李ファミリーと呼ばれるには、父母と同じように『李』同士で結婚するしかないのか」と思ったものだ。やはり、家族がみな同じ姓で当然という当時のアメリカの雰囲気の影響を受けていたのだろう。

10歳前後だったこの頃の私の、名前に関するもう1つの疑問は、子供が自動的に父親の姓になる、という韓国の制度に対するものだった。韓国の民法では「子は父の姓に従う」と決められている。「なんで好きな姓を付けてはいけないのか」と、子供ながらに不公平さを感じていた。

この件について、韓国では2008年に法律が変わり、子供は母の姓も使うことができるようになった。ただ、「子は父の姓に従う」という条文がなくなったわけではなく、その条文に「婚姻届提出の際に夫婦間で同意すれば、母の姓に従うことができる」との文言が付け加えられた。つまり、あくまで子供は父の姓が原則だが、例外的に母の姓を名乗ることができるということだ。

子供が生まれるよりも前の結婚時に結論を出す必要がある上に、社会全体には子供が母親の姓を名乗ることへの理解が広がっていないことなどから、韓国で母の姓を名乗る子供はまだ少数だ。2018年の韓国家庭法律相談所の世論調査では7割近くが「父姓主義を原則とするのは非合理だ」と回答しているが、変更に向けた動きは強くはない。

このように姓をめぐる事情は各国それぞれだ。韓国や中国などとは違い、姓が「家(ファミリー)」を表すとの感覚が定着した日本で、家族が一緒の姓を持つことを好む人が多いことも理解できる。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story