コラム

トランプが敗北してもアメリカに残る「トランピズム」の正体

2020年12月01日(火)18時45分

この時のギングリッチのスピーチにはトランピズムを理解するヒントが多く含まれていた。しかし、トランピズムはトランプのドクトリン(政治・外交・軍事などの基本原則)と言えるのだろうか?

外交政策の専門誌フォーリン・ポリシーの2019年4月の記事「An insider explains the president's foreign policy」は、2年間のトランプ政権の動向から「トランプの外交政策には、広く受け入れられている名前がまだない」と書いている。それは、「(これまでの大統領とは異なり)トランプがネオコン(新保守主義)でも旧保守主義でもなく、伝統的現実主義者でもリベラル国際主義者でもないことが、絶え間ない混乱を引き起こしている。彼には孤立主義や介入主義への先天的な傾向はなく、シンプルにハト派でもタカ派でもない事実も同様だ。彼の外交政策は、これらのカテゴリーのすべてから引き出されているが、いずれにも簡単に当てはまらない」からだ。

トランプのドクトリンを簡単に説明するとしたら、「America First(アメリカ第一主義)」である。上述の記事にもあるが、トランプは世界中で「愛国主義」や「国粋主義」が再び台頭してきていることを察知していただけなく、それを肯定的に捉えていた。アメリカだけでなく、大国のこれまでの外交態度は「自分の国が最も大切なのは当然だが、もっと高尚な目標のために他国を助けることもしなければならない」というものだった。それゆえに難民の受け入れなどもしてきたのだ。しかし、この記事にもあるように、自己中心的になるのが人間の本質的な性質である。知性に基づいた理念でそれを追いやっても、必ず本質的な性質は戻ってくる。それが自然の性(さが)だからだ。ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)というのは、その性を抑制するためのものなのだ。

ギングリッチは、ヒラリー・クリントンのポリティカル・コレクトネスを「みんなでグレイトになろう」という幼稚なものとして嘲笑いし、トランプの「アメリカを再びグレイトにしよう」というスローガンの壮麗さを賛美した。このスローガンは、白人男性がポリティカル・コレクトネスを気にせずに自由に振る舞うことができた時代の「アメリカ第一主義」に戻ることをわかりやすく伝えている。そして、トランプはメディアから批判されたら「リベラル・メディアは嘘ニュースばかり伝える」と反撃し、自分を批判する者がいたら、たとえ共和党員であってもツイッターや政治集会を介して名指しで徹底的に叩く。政策においても、著名な大学で教育を受けた専門家の意見には耳を貸さずに自分の意見を押し通す。

スポーツのファンの心理とも共通する

トランプの最も大きな支持層は「地方に住む、大学教育を受けていない白人男性」だということが出口調査でわかっている。ギングリッチが語ったように「エリートはテストの点を取るのがうまいだけで、実際は愚か者だ」と考えている層でもある。彼らにとって、トランプ大統領は、ポリティカル・コレクトネスに攻撃されて自分がしぶしぶ隠してきた本音や人間性を堂々と肯定してくれた強いリーダーなのだ。

同じように考える者が、トランプのスローガンがついた赤い帽子をかぶって集まり、トラックやモーターバイクに巨大なアメリカの旗を飾ってトランプ支持のデモをした。初期のものを見かけたが、そこからはスポーツチームのファンのような心踊る連帯感があることを感じた。特にパンデミックで「マスク着用」「ソーシャルディスタンス」といった規制をされるようになってからは、反逆の高揚感も与えてくれたことだろう。「革命に加わる高揚感」と「仲間意識」については、バーニー・サンダースを支持する左寄りリベラルの若者たちとも共通するものがあった。だが、トランプ支持者は、ポリティカル・コレクトネスを否定するトランプと自分たちのほうが、左寄りのリベラルよりも正直であり、ポジティブだと信じていた。陰謀説を信じやすいのは、極右と極左どちらにもよくある傾向だが、トランプ支持者は特にトランプの嘘や陰謀説に対して脆弱だ。トランプがつくわかりきった嘘を支持者が受け入れるのは、そのほうが彼らにとって心地が良い「真実」だからだ。

この「心地良さ」は、トランプ人気を支える非常に重要な部分だ。

たとえその人が現実でどのような困難に接していても、トランプを支持することで力強いトランプのチームに加わることができ、したがって自分もパワフルになれるという錯覚を与えてくれる。ツイッターで、支持者が筋肉隆々のボクサーの身体にトランプの頭を乗せた写真を使っているのをよく見かけたが、支持者にとってはトランプのイメージはそれだった。パンデミックでのマスク着用義務を拒否するのは、アメリカ国民の権利であり、勇敢さだと信じさせてくれたトランプは、すべての面で「自分を肯定するパワー」を与えてくれたチャンピオンであり、スーパーヒーローなのだ。この魅力がトランピズムのムーブメントが広まった理由であり、2020年大統領選挙でトランプが2016年より票数を伸ばした理由だと筆者は考える。

これは、スポーツチームを応援するファンの心理とも共通している。いったん熱狂的なファンになると、そのチームが負けても認めたくないし、審判が相手チームを不正に贔屓にしたと思いたくなる。だから、証拠もないのに「不正選挙があった」「自分は実際には勝った」と言い続けるトランプを信じる支持者がいるのだ。

人種マイノリティにトランプ支持者がいるのは不思議ではない。自分と同じ人種の人々に対して「自分は文句ばかり言う負け組の彼らとは違う」と距離を置きたがり、マジョリティに感情移入する者は以前からいた。「自分は特別だ」と信じたい人々にとっても、トランプはそれを可能にしてくれる強いリーダーなのだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

OECD、世界経済見通し引き上げ 日本は今年0.5

ワールド

ロシア製造業PMI、4月は54.3 3カ月ぶり低水

ビジネス

午後3時のドルは155円半ば、早朝急落後も介入警戒

ビジネス

日経平均は小幅続落、連休前でポジション調整 底堅さ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story