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カリフォルニア法廷だより

伊万里穂子|アメリカ

わざと逮捕されて自分の命を守らないといけないアメリカの医療費事情

Gorodenkoff-istockphoto

アメリカの医療費がとんでもなく高いのは有名なので皆さんご存知かとは思います。

日本から家族が遊びに来る時は空港で必ず保険を買ってくるように口を酸っぱくして何度も確認します。

アメリカは救急車に一度乗るだけで500ドルの請求書が後で来ます。

私は数年前に脳梗塞をして救急車に2回乗り、MRIを数回撮り、3日入院しました。その時の請求書の総額は日本円で約一千万円ほどでした。首の後ろがスーッと寒くなり、公務員の健康保険があったから良かったけれど、そうでなかったらとんでもないことになる所でした。

お金さえ積めばいい治療、いい医者に診てもらえる、というまあ資本主義の理にかなったアメリカの医療システムです。

それでは貧乏人はどうするのか?

15年程前、麻薬のリハビリに重点を置く特別法廷に勤めていました。その時に会った被告人で、麻薬でラリって道に転がっている所を救急車に拾われ、貧しい人の行く救急病院に運ばれて行ったところ、脳腫瘍が見つかり、これはすぐに手術しないと生命に関わりますよ、と言われてしまった。

そんな事言われたって健康保険もないのに手術なんかしたら、この先一生その借金を背負う事になる。そこでこの被告人は考えました。

そうだ、覆面刑事の囮捜査にわざと引っかかって逮捕されればいいんだ。拘置所にいる間は郡が病院に連れて行ってくれる、その間に治療すればいいんだ。そうすればタダで手術を受けられる。

そして彼は意気揚々と麻薬取引の囮捜査で有名なスポットへ出掛けて行き、わざと逮捕されました。

めでたく囚われの身となった彼は保安官に病院へ連れて行ってくれるようにリクエストをして、公判前整理手続きの頃には頭に大きな縫い跡を抱えて出廷していました。拘置所で喧嘩でもして頭に怪我でもしたのかな、とその時は事情を知らなくて思っていましたが、裁判官に頭どうしたの?と聞かれて、無事に手術はすみました。と晴々とした顔をしていました。何の事だろう?とその時は裁判官と一緒に思っていました。

ただこの被告人が計算に入れていなかったのは、前科が多く、前科の一つがカリフォルニアのストライキ法に触れるものだったので、刑期が普通の人の二倍になってしまう、という事。

カリフォルニア州にはストライキ法というものがあり、指定された前科があると次の重罪の刑期が倍になり、3ストライキになると刑期が無期になる、というものです。重罪を繰り返す犯罪者を減らすという想定で作られた法律ですが、色々ボロが出てきて賛否両論のストライキ法です。

数ヶ月郡の刑務所にいれば出てこれる、くらいに思っていたのでしょうが、州立の刑務所で数年過ごさないとダメになってしまったのです。そこでもちろん、自分はわざわざ覆面刑事に逮捕されたんだ、脳腫瘍を治すためだけに。逮捕される前はペンキ塗りの仕事も少しはしていたし、お母さんのアパートに一緒に住んで家賃だって半分たまに払っていたんだ、と訴え出しました。

したくてした犯罪じゃない。カナダの様な医療システムだったら自分は何も犯罪なんかわざわざ犯さなくても治療してもらえたんだ。と

まあ、そうだけど、システムを逆手にとってタダ乗りしたんだから、数年塀の中に入れられていても文句なんて言えた立場じゃないだろう、と思いました。

だいたい、覆面刑事から麻薬を買おうとはしたけど、手持ち金は最後の数ドルも全部スクラッチの宝くじを買ってしまったから、持っていたのはスクラッチのハズレ券がポケットにあっただけだったし。スクラッチでも当たれば何も塀の中に入って臭い飯を食べる事もない、と思ったけど、当たらなかったか仕方なく覆面刑事に喋りかけたんだ。と。

そして法律にのっとり、3年半の刑期を言いわたされ、いやいやながらもまあこれで死ぬこともないし、と頭を撫でながら出ていった被告人の寂しそうな顔が印象的でした。

保安官に聞くと、別にこれはそう珍しいことでもないらしく、逮捕されれば郡が全て面倒を見てくれる、と雨季になるとわざと逮捕される人が一定数いるそうです。そこまでしないといけないなんてなあ、と思いながらも、でも救急車一回乗るのに500ドルもかかるんだから、それも仕方がないのかな、とも思います。

 

Profile

著者プロフィール
伊万里穂子
大学中退後カリフォルニアに移住。海外で手堅い職業をと思い立ち公務員に。裁判所の書記官になる。勤続18年目たった一人の日本人書記官として奮闘中。ブログ「リフォルニア法廷毒舌日記で日々社会の縮図とも言える法廷内で繰り広げられる人間模様を観察中。著書:「お手本の国の嘘」新潮新書

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