World Voice

ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

サッカーフィールドからアンチ・レイシズム(人種差別に抗する)

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我が地元サッカーチームのOHL(OH LEUVEN)はコロナ禍で祈願の一部リーグ上昇を果たした。人口10万人都市のルーバンがベルギーサッカーリーグの一部で生き残るのは大変なことだ。事実、そのほとんどのキャリアを二部リーグで過ごし、数年ぶりに一部リーグに返り咲いた。快挙にも関わらず、コロナでかつてのように試合観戦もできないので、いまいち熱狂できないのが残念だ。

ベルギーに来るまでは、サッカーを好きでもなかったし、1時間半の試合をずっと見ていられるなんて想像もできなかった。そんな私がコロナ前はOHLの隔週ホームゲームはスタジアムまで行ってビール片手に観戦するまでなった。息子がOHLのユースアカデミーで練習していることが大きい。そこでチームメートの父母と友達になり、子どもたちの試合を応援し、サッカーコミュニティーに馴染んでいった。ヨーロッパでは大人も子どももサッカーと生活は密接な関係にあることが多い。

RSC Anderlecht‎やClub Brugge KVなどの名門は別だと思うけど、二部リーグ常連のOHLは地元密着のユースアカデミーで地元の子どもたちが普通に練習している。たまたまうちの近くにOHLのユースアカデミーがあったので、息子は5歳の最年少(U6)から今に至るまで(U14)ずっとサッカー少年で健全に青春している。ありがたいことだ。

チームメイトとの付き合いは長い。コロナのロックダウン下では、チームメイトとプレイステーションでオンラインで遊び、その後にオフラインで公園でサッカーをして数か月を過ごしていた。きっとこの子達は大人になっても友達なんだろうなぁと、祖国と旧友から離れた私はうらやましく思う。

9月、コロナで休止していたユースの練習も試合もようやく始まった。私は半年ぶりに息子のの試合を見に行った。U14(14歳以下リーグ)から大人と同じ大きさのフィールドとなり、大人と同じ11人制になった。しばらく見ないうちにみんな成長した。大きなフィールドで小まめなパス回しでスピーディーに得点していく。OHLは絶好調。相手チームはほとんど攻撃のチャンスもつかめず試合は12-0で終わった。爽快な勝利だと思っていたが、フィールドの中では壮絶な戦いがあったことを後になって知った。

試合中、息子のチーム(OHL)のモロッコ人とネパール人のチームメートが相手チームから差別的な暴言を何度も浴びせられたという。チームには日本ルーツの息子とコンゴ人の選手、全部で4人の非白人の選手がいる。この2人も直接暴言は受けなかったものの、様子には気が付いていた。

相手チームの数人は全然勝ち目がない腹いせに、"Dirty mocro" (汚いmocro、mocroはモロッコ系のベルギーの人々に対する蔑称)とか"You touch me, are you gay?"(触ったな、お前はゲイか)、とか"Dirty Chinese" "Dirty Asian"(汚い中国人、汚いアジア人)、"He doesn't see anything with those slit eyes" (細ーい目で何にも見えやしない)などと繰り返して有色人種の選手に暴言を吐いたそうだ。相手チームは典型的なフランダース地方の田舎のチームで全員が白人選手であった。

私の連れ合いがコーチのアシスタントでピッチに入っていた。連れ合いとコーチはこのことを重く受け止めてOHLのユースアカデミーの責任者に報告した。OHLはプロからユースに至る全チームとして「フィールドの中で外でも人種差別を許さない。人種差別を防ぐためにあらゆる措置を取る」という方針を明確にしている。なので「いかなる差別を目撃した場合、すぐに本部に報告してほしい。」とユースアカデミーの関係者に通達していた。

いかなる人種差別も決して許さない(no tolerance against racism)はフランダースフットボール連盟もベルギーフットボール連盟もはっきりと示している。サッカー人口もファンも多い社会で影響力は大きい。

OHLは報告を重く受け止めて、相手チームのコーチやアカデミーに勧告するのはもちろんのこと、被害を受けた子どもたちのケアも申し出たそうだ。息子のチームのコーチは選手全員と、人種差別を許さないクラブの方針を話し合った。直接被害を受けた子どもたちはピッチで怒ったり、その後悲しかったりしたことも話した。幸い、その後の専門的なケアが必要と判断されるほどのダメージではなかったようだ。

チームメイトたちは白人の子も含め、怒り、議論し、お互いをいたわった。差別と闘うとはこういう日常にあるのだと私はこどもたちから学んだ。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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