コラム

リオ五輪を(別の意味で)盛り上げてくれた中東の選手たち

2016年08月24日(水)19時08分

 もうひとつ気になるのが、シェハービーの握手拒否の背後にさまざまな圧力があったのではないかといわれることである。実際、ツイッターなどでは、シェハービーにイスラエル選手との対戦を拒否するよう呼びかける、脅迫めいた文言も散見される(たとえば、このツイート)。こういうのを見てしまうと、試合をして、しかも負けてしまっては、せめて握手を拒否するぐらいしないと、エジプトに帰ったら、たいへんな目に合うのではないかと危惧してしまう。しかも、エジプト・オリンピック委員会は早い段階でシェハービーの行為は個人的なものだとの声明を出し、彼をかばう素振りもみせていない。

 もうひとつ、別の視点で今回の事件をみることもできる。それはシェハービーのヒゲである。いや、サッスーンもヒゲ面なので、正確にいうと、顎ヒゲである。サッスーンが鼻の下のヒゲも顎ヒゲもモジャモジャなのに対し、シェハービーのほうは、古い写真をみても、鼻の下のヒゲは剃っているか、短く刈り込んでいて、顎ヒゲだけを長く伸ばしている。これは、預言者ムハンマドやその直後の時代を理想とし、彼らのことばや行動を生活の規範としようとする、いわゆるサラフィー主義者のシンボルでもあり、昔のエジプトだったら、それだけで逮捕されかねなかった(鼻の下のヒゲをきちんと刈り込み、顎ヒゲを伸ばすのは預言者ムハンマドのスタイル)。実際、シェハービーがサラフィー主義者かどうか、わたしは知らないが、仮にそうだとすると、イスラエル人との握手拒否はさもありなんということになろう。

 そのほか、クウェート国内のオリンピック委員会が資格停止処分を受けたため、クウェート選手が、クウェートではなく、「独立選手団」の一員として出場しなければならなかったのにも政治とスポーツがからんでくる。この枠組みで射撃ダブルトラップに参加したフォフェイド・ディーハーニーは何と金メダルを獲得してしまったのである。彼は栄光あるクウェート人初の金メダリストになったのだが、残念ながら表彰式にはクウェート国旗もクウェート国歌も流れなかった。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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