コラム

日本は2度めのニクソン・ショック(米中正常化)を警戒せよ

2017年02月02日(木)18時15分

交渉事は胸元いっぱいのハードボールで始まるのが世の常。日本政府は為替介入を行っていないが、日銀の異次元緩和で事実上、円安誘導してきたのは否定のしようがない。ドイツはギリシャ債務危機や欧州中央銀行(ECB)の量的緩和による単一通貨ユーロ安で15年には2460億ユーロの貿易黒字を積み上げた。

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(出所)BISデータをもとに筆者作成

国際決済銀行(BIS)データから見ると、日銀の異次元緩和を主砲とする日本円とギリシャ危機がくすぶるユーロ圏の実質実効為替レートは米ドルに対してそれぞれ円安、ユーロ安の方向に動いている。貿易と為替に関しては、口は悪いが、トランプにも三分の理がある。

1987年、トランプはニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなど米3紙に9万5,000ドルを使って全面意見広告を出し「数十年にわたって日本や他の国々は米国を利用してきた」と容赦のない日本批判を展開した。しかし、80年代と違って日本は貿易赤字国に転落、2016年に6年ぶりに貿易黒字(4兆741億円)を計上したばかり。対米貿易は黒字でも、対中貿易は赤字なのだ。

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(出所)財務省貿易統計データをもとに筆者作成

やっと日銀の出口が見えたのに

債券では世界最大級のヘッジファンドで、ロンドンに拠点を置く「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄氏は筆者に「円安の度合いによっては日銀が望む消費者物価指数(CPI)の2%に近いところが今年後半から2018年に可能性として出てくる」と指摘する。

「今年半ばには日銀はテーパリング(量的金融緩和の縮小)という言葉は使わないけれども、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を変更する実質テーパリングをしてくる環境は十分に整いつつあるかもしれない」と大胆に予測する。

ようやくインフレ目標の2%達成と「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という異次元緩和の出口が見えそうになった矢先だけに、トランプの円安批判に安倍政権と日銀は肝を冷やしたに違いない。しかし、もっと怖いのは田中氏が指摘するように、ある日突然、トランプが中国の習近平国家主席との「グランド・バーゲン」に応じるシナリオだ。

トランプは就任早々、環太平洋経済連携協定(TPP)から「撤退する」と大統領令に署名し、日本は完全にはしごを外された。ニクソン米大統領が1971年、日本の頭越しに中国訪問を電撃発表した「ニクソンショック」の轍を踏まないよう、日本は米国と中国を両にらみにしながら「待ち」ではなく「攻め」の姿勢で動いていく必要がある。そうしなければドツボにはまる恐れがある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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