コラム

中国経済の足を引っ張る「キョンシー企業」を退治せよ

2016年01月21日(木)18時26分

 キョンシー企業の弊害は、産業全体の利潤率を低下させ、労働力や資本の利用効率を低下させることばかりではありません。北京など華北地方は昨年12月も濃いスモッグに覆われましたが、その大きな理由の一つが工場排煙です。北京を取り巻いている河北省は実は鉄鋼業がきわめて盛んで、鋼材の生産量は日本の2倍以上にあたる2.4億トンにも及びます。鉄鋼生産のために膨大な量の石炭が消費されており、その排煙がPM2.5をもたらす重要な要因の一つになっています。鉄鋼業のキョンシー企業が生産をやめないため公害が悪化しているのです。

 昨年12月の国務院の会議では中央直属の国有企業のうち、国家の安全、エネルギー消費、環境保護、品質に関する基準に達しない工場を閉鎖ないし転業させるとともに、赤字が3年以上続き、経済構造調整の方向に合致しない企業は資産の売却、合併、破産などの処分をする方針が決まりました。安全基準を満たさない工場の操業を停止させることなど当然のことなのですが、そのことをわざわざ決議したのは、中央直属国有企業のなかにも違法操業している企業があることを意味しています。

 さらに政府は鉄鋼、機械、自動車など各産業ごとに3年計画で生産能力過剰の問題を解決していくこととしました。キョンシー企業が倒産した場合、従業員の失業問題が発生しますが、政府は電力料金の一部引き上げによって300億元の基金を捻出し、そのお金をキョンシー企業から失業する労働者たちに対する支援金とする方針です。この補助金をエサにして、地方政府に淘汰されるべきキョンシー企業を報告させます。

中小企業だけが淘汰されるキョンシー退治

 こうして今年はキョンシー企業退治が本格化する見込みですが、果たしてどれほど効果が上がるのでしょうか。私は中国政府がいまやろうとしているような行政的手段に基づくキョンシー企業退治は必ずしもよい結果につながらないと思います。

 中国政府が生産能力過剰を何とかしようという時には、必ず産業を大型の有力企業に集約して国際競争力を高める産業政策を同時に推進します。そのため、国有大企業はたとえ経営効率が悪くて赤字に陥っていようとも、産業再編の核として温存されます。いま鉄鋼業では老舗国有企業の鞍山鉄鋼集団公司が従業員への賃金支払いが滞るほどの苦境にあるそうですが、同社がキョンシー企業として整理されるとは考えられません。切られるのは中小企業や民間企業でしょう。

 これまで生産能力過剰と企業の赤字問題が深刻になったとき、政府は工業生産の規模の経済性を追求するのだとして、一定の生産能力に達しない企業を産業から締め出そうとして来ました。今回は生産能力を基準に企業を選別する方針は出ていませんが、政府が行政的に淘汰すべき企業の範囲を線引きしようとするといつも中小民間企業が犠牲になります。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フィリピン、南シナ海で警備強化へ 中国の人工島建設

ワールド

リオ・ティント、無人運転の鉄鉱石列車が衝突・脱線 

ビジネス

ソフトバンクGの1―3月期純利益2310億円、2四

ワールド

アングル:ドイツで政治家標的の暴行事件急増、背景に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story