コラム

ゾンビたちを墓場から呼び戻す愚策――石炭増産指令の怪

2016年11月01日(火)17時10分

中国・黒竜江省鶏西の廃れた炭鉱 Jason Lee-REUTERS

<中国では鉄鋼と同じく石炭も過剰生産能力を抱えているのに、中国政府は先週、石炭大手に増産を命じた。これは、効率が悪く経営が傾いていた石炭大手救済の総仕上げだ>

 10月26日の朝、いつものように日本経済新聞を開いたら、「中国政府が石炭大手22社に早急な増産を命令した」という記事が目に飛び込んできました。前日に都内某所で講演をした際に、私は「中国にとっての今の重要課題は鉄鋼業と石炭産業の過剰生産能力を減らすことです」と話したばかりでした。石炭の生産能力を削減しているはずなのに増産を指令するとはいったいどういうことなのか? 私は間違った情勢判断を話してしまったのでしょうか?

 いろいろ調べてみると、やっぱり石炭産業の過剰能力問題は依然として深刻であるものの、足元では石炭の供給不足になっていて生産を拡大する必要があることがわかりました。ただ、供給不足に陥った背景には、産業の効率向上には逆行し、本来石炭産業から退出すべきゾンビ企業を蘇らせようとするかのような中国政府の愚策があることが見えてきました。

【参考記事】中国経済の足を引っ張る「キョンシー企業」を退治せよ

 そのことを説明するために、少し過去にさかのぼりたいと思います。石炭は中国のエネルギー消費の7割前後を担う重要なエネルギー資源であり、電力の8割も石炭を中心とする火力発電によって担われていますから、中国政府は長く石炭の価格を低く抑える政策をとってきました。国有炭鉱は赤字経営であったにもかかわらず生産を継続した結果、安い石炭や電力が潤沢に供給されて、中国の経済発展を下支えしてきました(堀井伸浩「エネルギー:低価格誘導政策の見直し」渡邉真理子編『中国の産業はどのように発展してきたか』勁草書房、2013年)。

需要減少でもますます投資

 ただ、電力産業などに低価格で石炭を提供する役割は主に大手の国有炭鉱によって担われましたから、石炭の低価格の代償として国有炭鉱の慢性的な赤字問題が起きました。そこで、中国政府は次第に石炭価格への介入を減らし、2013年にはついに発電所に供給する石炭についても炭鉱企業と発電企業が自由に価格を決められるようにしました。

 政府はこの時に炭鉱企業と発電企業との間で石炭の供給を中長期的に契約することを期待していたのですが、どうやらそのような中長期的な契約関係が構築されなかったことがいま起きている石炭不足問題の伏線になったようです。当時、石炭価格は下落傾向にありましたから発電企業としては炭鉱と中長期契約を結ぶよりスポットで買った方が有利だと考えたのでしょう。

 実際、中国の石炭需要は2013年をピークとして、2014年には前年に比べて1億4000万トンの減少(マイナス3.3%)、2015年はさらに2億トン減少(マイナス4.8%)し、かなり急速に減っています。2015年のCOP21で中国政府が温室効果ガスの排出削減について踏み込んだ約束をしましたから、二酸化炭素を天然ガスよりも多く排出する石炭に対する需要は今後ますます減少していくと見込まれます。こうした需要の減少、および今後の見通しを反映して石炭の価格も2013年以降低迷しました。

 ところが、なぜか2013年以降も石炭産業への投資が続いて生産能力が増加し、2015年末には生産能力は57億トンに達しました。石炭の実際の生産量は37億4700万トンにとどまったため、20億トン近い生産能力が過剰という異常な事態になりました。もっとも57億トンの石炭生産能力のなかにはすでに採掘を停止した炭鉱や、政府の許可を得ずに開発された炭鉱まで含まれているので、それらを除けば47億トンの生産能力ということになります。それでも10億トン前後の生産能力が過剰です。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 8

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 9

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story