コラム

GDP統計の修正で浮かび上がった中国の南北問題

2020年07月10日(金)16時30分

黒竜江省ハルビン市の端に位置する双城区の診療所の前に座る高齢者。中国東北部は貧しい上に高齢者問題がのしかかる(写真は2011年) David Gray-REUTERS  

<沿海部が発展しているが内陸部は貧しい、という従来の常識は過去のもの。豊かな南部と貧しい北部の南北格差が広がっている>

新型コロナウイルスの思いがけない流行のため、すっかり影に隠れてしまったが、実は今年2月に公表された2019年の中国各省のGDPは驚くべきものであった。

まずびっくりしたのが天津市のGDPの実額が前の年に比べて25%も減ってしまったことである。天津が大不況に陥っているという話もなく、2019年のGDP成長率は4.8%と、中国の他の地域より低いながらもまずまずの成長をしている。いったいなぜGDPが25%も減るのか。

不思議なことは他にも起きていた。吉林省のGDPは前年より22%減少し、黒竜江省も17%減少していたのである。

chinamap.jpg

筆写作成

逆に急増した地方もある。その筆頭が雲南省で、2019年は前年に比べてGDPの実額が30%も増えている。安徽省も24%増えているし、福建省は18%も増えている。

何が起きたのかというと、要するにGDP統計の修正が行われたのである。ありていに言えば、天津市、吉林省、黒竜江省はGDPをこれまでだいぶ水増ししていたし、雲南省、安徽省、福建省はだいぶ過少報告していたのであるが、それが2019年の統計で修正されたのだ。

中国では一般的な傾向として、地方政府はGDPの規模や成長率を水増ししたがる傾向がある。それは中国の地方の官僚の出世が、地方のさまざまな統計の実績によって左右されるからで、なかんずく地方のGDP成長率は出世を決める代表的な指標とされてきたからである。ある地方の首長が誇大報告をすると、その政治的ライバルである他の首長も負けないように誇大報告をせざるをえない。胡錦涛政権第2期の2007年~2012年にそうした誇大報告競争が激化し、2012年には全国の31の省、市、自治区のGDPを合計すると全国のGDPを11%も上回ってしまった。

ちなみに、中国全体のGDPは中央政府の国家統計局が独自に推計しており、各省から上がってくるGDPを合計して中国全体のGDPにしているわけではない。だから、こういう矛盾が起きるのである。

水増しは根絶する!

31の省、市、自治区の合計が全国より多く、しかも両者の差がだんだん開いているということは、地方政府による水増しの存在を強く示唆する。習近平政権になってから、中国政府はこういう状況は是正しなければならないと決意を固め、地方のGDPはそれより一つ上の階層の政府が作成するという改革の方針を決めた。例えば四川省のGDPを従来は四川省政府の統計局が計算していたが、これからは一つ上の階層である中央政府の国家統計局が作成するようになる。四川省など省レベルの政府はそれより一つ下の階層である成都市や綿陽市など市レベルのGDP統計を作成する。要するに、いままでは生徒自身が自分で成績をつけていたが、これからは先生が成績をつけることにしたのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正(14日配信記事・発表者側の申し出)シャープ、

ビジネス

中東欧・中東などの成長予想引き下げ、欧州開銀「2つ

ビジネス

英バーバリー、通年で34%減益 第4四半期の中国売

ビジネス

ABNアムロ、第1四半期は予想上回る29%増益 高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story