コラム

地球温暖化がイスラエル-パレスチナ紛争を過熱させる 火種としての水

2018年01月11日(木)18時30分

イチゴを収穫するヨルダン川西岸のパレスチナ人(2016年1月) Abed Omar Qusini-REUTERS

2017年12月6日に米トランプ政権が突如エルサレムをイスラエルの首都と認め、それをきっかけに改めて注目を集めたパレスチナ問題。1948年の第一次中東戦争以来、この対立は中東最大の不安定要因であり続けてきました。

【参考記事】「米国大使館のエルサレム移転」がふりまく火種:トランプ流「一人マッチポンプ」のゆくえ

【参考記事】パレスチナ「オブザーバー国家」承認の意味

一方、年末の12月28日、エルサレム旧市街の「嘆きの壁」(古代のソロモン神殿の跡地)に2000人以上のユダヤ教徒が農業・農村開発相の主催で集まり、雨乞いの祈りが捧げられました。2017年3月には主要な淡水源である北部のガリラヤ湖で過去100年間で最低の水位を記録するなど、降雨量は年々減少しています。その一方で平均気温は上昇傾向にあり、これらは地球温暖化の影響とみられ、雨乞いは水不足を受けてのものでした。

一見、無関係にみえるパレスチナ問題と地球温暖化の二つは、実は深く結びついています。エルサレムの帰属を含むパレスチナ問題は水をめぐる争いでもあるのです。そのため、地球温暖化による降雨量の減少は、イスラエルとパレスチナの争いをより深刻化させかねないといえます。

パレスチナ問題における水問題

イスラエルとパレスチナの間にある対立の争点は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三宗教それぞれにとっての聖地であるエルサレムの帰属だけではありません。そこには1967年の第三次中東戦争以来イスラエルが占領しているヨルダン川西岸の返還や、国連決議でパレスチナ人のものと認められるこの地のユダヤ人入植者の取り扱い、さらに725万人にのぼるパレスチナ難民の帰還など、いくつもの問題が複雑に絡み合っています。そして、これらほど目立たないとしても、人間の生存に欠かせない「水」もまた争点であり続けました

水は飲用など生活用水としてだけでなく、農業用水など生産活動にも不可欠の資源です。実際、人間の水利用の約7割は農業向けのものです。限りある資源として水を奪い合うことは、各地でみられたものです。日本でも昭和初期に至るまで、農業用水の利用をめぐって死者を出す衝突が各地でしばしば発生していました

一般的に「水が豊か」と言われる日本でさえそうなのですから、水が珍重される中東ではなおさらです。中東における争いというと「石油」と思われがちですが、「水」もやはり争いの種となってきました

パレスチナ問題に端を発した第三次中東戦争(1967)の最終盤で、イスラエル軍はシリア領ゴラン高原を制圧。その背景には、安全保障上の理由だけでなく、かねてからシリア、レバノンの間で懸案となっていた、ヨルダン川上流からガリラヤ湖のかけての水利問題で優位に立つ目的もありました

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story