コラム

ロヒンギャ問題解決のために河野外相のミャンマー訪問が評価できる5つの理由

2018年01月16日(火)20時30分

都内のミャンマー大使館に迫るロヒンギャの抗議デモ(2017年9月8日)Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<ミャンマーを訪問した河野外相は、スー・チーとだけでなく弾圧の被害者であるロヒンギャ族とも接触し、筋を通した>

1月13日、河野外相はミャンマーのラカイン州マウンドーを訪問し、現地のロヒンギャと面談。その前日12日、河野外相は同国の事実上の最高責任者アウン・サン・スー・チー氏とも会談しました。

スー・チー氏との会見で河野外相は、ロヒンギャ難民の帰還支援のために300万ドル、ラカイン州の人道状況の改善や開発のために2000万ドルを、それぞれ提供すると約束。その一方で、難民の帰還状況をモニターすることに合意したうえ、外国メディアや国際NGOのラカイン州への立ち入りを認めるようスー・チー氏に要請しました。

日頃、筆者は日本政府の外交政策に疑問を呈することが少なくなく、ロヒンギャ危機への対応についても批判的に論じてきました。しかし、今回の訪問と合意内容は、これまでの日本と比べるとかなりチャレンジングなもので、高く評価すべきと思います。そこには大きく五つの理由があげられます。

当事者たちとの関係

第一に、ミャンマー政府とロヒンギャ難民の双方とコンタクトしたことです。

ロヒンギャ問題をめぐっては、各国間で態度が分かれてきました。欧米諸国やイスラーム諸国がロヒンギャ危機を「民族浄化」と呼び、これに関与したと目される高級軍人を対象とする制裁も実施されています。これに対して、同国への経済進出で西側諸国をリードする中国やインドなどは「内政不干渉」の原則からミャンマー政府を擁護し、むしろロヒンギャの武装勢力を「テロリスト」として批判してきました。

この対立軸のなか、日本は中国などと同様、ミャンマー政府に理解を示し、ロヒンギャの武装勢力を批判してきました。しかし、今回の訪問で河野外相は「被害者」であるロヒンギャ難民とも接触。「武装勢力は認められないが、難民支援は重視する」立場を示したといえます。

この立場に基づき、今回実現した河野外相のラカイン州訪問は、外国要人としては初めてのものです。ミャンマー政府・軍はメディアやNGOを含めて外国人のラカイン州への立ち入りを制限してきました。2017年12月にミャンマーを訪問したヴァチカンのベネディクト法王でさえ、ミャンマー政府への配慮から、ロヒンギャ難民とはバングラデシュの難民キャンプで会見しています。

ロヒンギャ危機の解決を促すには、双方の当事者と関係を築くことが大前提になります。この点で日本のアプローチは、ミャンマーとひたすら対立するわけでも、これをひたすら擁護するわけでもないもので、今後の調停を主導する第一段階をクリアできたといえます。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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