コラム

スウェーデンのNATO加盟はほぼ絶望的に──コーラン焼却「合法化」の隘路

2023年07月05日(水)19時40分
スウェーデンで発生したコーラン焼却に抗議するイランのデモ

スウェーデンで発生したコーラン焼却に抗議するイランのデモ(2023年1月27日) Majid Asgaripour/WANA (West Asia News Agency) via REUTERS

<NATOを率いるアメリカの国務省報道官もコーラン焼却を批判し、「合法かもしれないが適切とは限らない」と、スウェーデンの裁判所を暗に批判した>


・トルコとスウェーデンはコーラン焼却をめぐり対立をエスカレートさせている。

・右傾化するスウェーデンでは「表現の自由」を理由にコーラン焼却が法的に認められた。

・やはり極右が台頭するトルコは強硬姿勢を強めており、スウェーデンのNATO加盟はほぼ不可能な水準に近づいている。

中立を国是にしてきたスウェーデンは、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにNATO(北大西洋条約機構)加盟を申請したが、すぐに実現するのはほぼ絶望的になった。その直接的な理由は加盟国トルコの反対だが、それを煽っているのはスウェーデン自身の右傾化である。

コーラン焼却「合法化」の波紋

NATO加盟国の首脳会議が7月11日からリトアニアで開催される。一つのポイントはスウェーデンの加盟申請が実現するかとみられる。

しかし、その可能性は限りなく低い。

NATOのルールでは新規加盟には全加盟国の賛成が必要だが、これまでスウェーデンの加盟に反対してきたトルコが強硬な姿勢をさらに強めているからだ。

トルコのハカン・フィダン外相は6月28日、「スウェーデンが反イスラーム感情を煽っている」と非難した。NATO加盟には直接言及しなかったものの、その見通しは暗い。

トルコはもともとスウェーデンが「テロリストを擁護している」と非難し、NATO加盟に反対してきた。トルコで分離独立運動を行うクルド人活動家をスウェーデンが難民として受け入れてきたからだ(フィンランドも同じ理由でトルコに反対されていたが、「テロ対策強化」などに応じて4月にNATO加盟を果たした)。

ところが、ここにきて対立はさらにエスカレートしている。きっかけはイスラームの聖典コーランを燃やす行為をスウェーデン当局が「合法」と認めたことにある。

反トルコ感情と「表現の自由」

この問題の経緯をみておこう。

ことの発端は、NATO加盟をめぐってスウェーデンとトルコの対立が表面化した昨年4月頃から、反移民、反ムスリムと結びついた反トルコデモが各地で発生し、そのなかでしばしばコーランが燃やされるようになったことだった。

今年1月には、ストックホルムにあるトルコ大使館前でデモが発生し、コーランが焼かれた。

このデモは、移民排除を叫ぶ政治家ラスムス・パルダンに率いられていた。バルダンは極右過激派としてイギリスで入国禁止になるなど、欧米各国でも警戒されている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪政府が予算案発表、インフレ対策盛り込む 光熱費・

ワールド

米台の海軍、非公表で合同演習 4月に太平洋で=関係

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ビジネス

独ZEW景気期待指数、5月は予想以上に上昇 22年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story