コラム

何度聞いても分からない「解釈改憲」反対論

2014年06月19日(木)11時06分

 集団的自衛権の議論が本格化しています。この問題に関しては、現時点では私は合憲化には反対です。理由は2つあります。

 1つは、今回の議論では中国が事実上の仮想敵国になっているからです。対中外交は改善を模索すべき局面にありますが、それに反するメッセージを出すことになるからです。

 2つ目は、朝鮮半島有事を想定して「日本人だけを救出する」という姿勢が強調され過ぎているからです。有事の際に韓国で発生する戦争被災者、北朝鮮における膨大な人権侵害の被害者の存在を想定するならば、自国民の安全確保は重要な問題ですが、あくまで粛々と進めるべきだからです。

 その一方で、現在盛んになっている「解釈改憲」反対論に関しては、反対ということでは一致している私ですが、何度聞いても分からないところがあります。

 というのは、現在盛り上がっている反対運動では、安倍内閣が「憲法解釈の変更を閣議決定」するのは「民主的手続きを経ない改憲」だから阻止したいという主旨のものが多いからです。もっと言えば、安倍政権の姿勢が「立憲主義に反する」というのです。

 まず、私はこの「立憲主義に反する」というのが良く分かりません。というのは、安倍政権は、現在の日本国憲法の規定を超越し、事実上憲法の規定を踏みにじるような行為を行っているとは思えないからです。

 何故ならば、日本国憲法では、内閣には勝手に憲法解釈を変更して、実質的な改憲を行うような権限は与えられていないからです。つまり、内閣が内閣法制局長官の立案に従って閣議決定するというのは、行政府が行政府としての憲法解釈をしたということ「以上でも以下でもない」のです。国家権力を構成する三権分立の中の一つの機関である「行政府」が「勝手にそう思いました」と言うだけです。

 その際に内閣法制局長官に大きな権限があるように思われていますが、この内閣法制局長官というのは、いわば内閣の顧問弁護士とか、法律アドバイザーに過ぎないわけです。また、閣議決定というのは、あくまで内閣として「決定しました」ということだけです。

 これは、ブラック企業が自分に都合の良いことを言う顧問弁護士を雇って「この従業員の解雇は合法だ」という解釈を表明しているのと何ら変わりません。要は当事者の一方がそう言っているということだけです。

 この場合は、その解雇が合法であるかどうかは、裁判所の判断に委ねられるのですが、今回の場合は憲法解釈ですから、少し手続きが異なります。

 一つは、内閣が「自分の解釈に従って」関連法案を提出した場合に、それが国会という立法府の審査を経るということです。そこで可決成立すれば、事実上の「解釈改憲」に近づくわけですが、その際には民意の反映ということが重要ですから、大いに反対運動をしたらいいのです。

 もう一つは、最高裁です。仮に法律が成立したとしても、最高裁が違憲だと判断すれば、その法律は事実上無効になり、内閣の企図した解釈変更も無効になります。最高裁は、明治以来の歴史の中で民意からは「超然」としていましたが、そうは言っていられない時代です。この段階でも大いに反対運動をして違憲審査を勢いづけることは可能と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story