コラム

イギリスは第2のオーストリアになるのか

2016年06月27日(月)11時59分

Leonhard Foeger-REUTERS

<第一次大戦により、オーストリア帝国は国家解体に至ったが、その指導者達は国が解体するとは夢にも思っていなかったはずだ。100年が過ぎた今、ナショナリズムに突き動かされたイギリスがEU離脱を決めたが、その指導者達もまた、意図せぬかたちでイギリスを解体させようとしている>(写真は、第一次大戦時のハプスブルク帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世夫妻を描いた絵画、ウィーンのオークション会場にて)

 今からちょうど100年前のこと。1916年に、68年間皇帝に君臨してきたハプスブルク帝国のフランツ・ヨーゼフ1世が死去しました。これは第一次世界戦中のこと。

 第一次世界大戦は、ご承知の通り、サラエボ事件を契機としたオーストリアのセルビアへの最後通牒から始まります。ハプスブルク家は、ヨーロッパでも名高い名門の王室。長年、神聖ローマ帝国の皇帝に就き、神聖ローマ帝国終焉の後は、ハプスブルク帝国の皇帝としてヨーロッパの大国を統治してきました。そのオーストリアは、経済的な衰退と、軍事的な地位の低下、そして多民族が同居する国内問題に揺れ動き、あえて強硬な姿勢を示すことで大国としての地位を維持して、また国内の結束を固めようとしました。その帰結として、セルビアに対する宣戦布告、そして交戦状態に入り、戦争が始まります。まさかこのときに、オーストリアの指導者達は、これが契機となってオーストリアの大国としての地位が失われ、その国家が解体するとも夢にも思っていなかったでしょう。

 帝国解体のきっかけは、よく知られたとおり、独立を求めたチェコスロバキアのナショナリズムの動きです。内側から大国オーストリアは崩壊したのです。1918年、カール一世は退位して国外に亡命し、ここに680年間ヨーロッパに君臨したハプスブルク家が統治を終え、オーストリアは帝国として解体します。そして、その末には、解体した中でドイツ語を話す人びとが住む小国のオーストリアが誕生します。

 その100年後、ナショナリズムに突き動かされたイギリスは、2016年に国民投票でEU離脱という強硬策をとってEUと敵対し、過去の栄光を夢見て大国としての地位の回復を目指しました。そして、それに怒りを感じたスコットランドは、独立へ向けた準備を進めています。内側からスコットランドは独立に動き、北アイルランドのカトリック勢力はEU残留を目指してアイルランドとの国家統一へ動き、イングランドは孤立への道へ進んでいます。戦争がないという違いはありますが、かつての大国であったハプスブルク帝国が解体して、文化や民族の異なるチェコスロバキアが独立をして、否応なく小国のオーストリアが誕生したように、かつての大国の連合王国が解体して、文化や民族の異なるスコットランドが独立へ向かい、小国のイングランドが誕生しようとしています。かつてのオーストリアよりは、イングランドの方が大きな国力を持っておりますが、それもまたロンドンの金融に依存したイギリス経済は、多くの銀行が本社をEU圏内のアイルランドや大陸へと動かすとすれば、否応なく衰退へ向かいます。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

JPモルガンの保守派株主が議案撤回、「政治化」への

ビジネス

米カーライルの新たな日本投資特化ファンド、過去最大

ビジネス

中国新興EVの小鵬汽車、第2四半期の納車台数見通し

ワールド

乱気流に見舞われた航空便乗客ら、シンガポールに到着
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 4

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 5

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 6

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story