コラム

彼らは行動より抗議が好き...左派「反成長連合」に宣戦布告した、英首相の末期症状

2022年10月06日(木)18時30分
リズ・トラス首相

英保守党大会で演説するリズ・トラス首相(10月5日、バーミンガムで筆者撮影)

<あくまで「成長」にこだわる英トラス首相。支持率下落と党内対立が深刻化する中で、意図的に「外敵」を作り出す作戦に出た>

[英中部バーミンガム発]財源なしの大型減税で自国通貨ポンドや国債の急落を招き、最大野党・労働党に最大33ポイントのリードを許したリズ・トラス首相が政権発足1カ月の10月5日、バーミンガムで開かれた保守党大会で演説し、シェールガス採掘反対を叫ぶ環境団体グリーンピースの妨害にあいながらも左派の「反成長連合」への戦いを宣言した。

「一般家庭の光熱費が年間 6000 ポンド以上に高騰すると予測されたが、2500ポンドを超えてはならないことを確認した。天文学的な高額請求書から人々を守ることを決意した」。「インフレ退治」より「成長」を優先させるトラス氏は「あまりにも長い間、わが国経済は本来あるべき力強い成長を遂げて来なかった」と英国の低成長を問題視する。

「低成長とは賃金の低下、機会の減少、生活を豊かにするために使うお金の減少を意味する。繁栄している地域だけに投資するのは間違っている。最も遅れている人々にまず資金を提供する必要がある」。トラス氏はボリス・ジョンソン前首相が主導したレベリングアップ(平準化)にも配慮し、成長か、平準化か、で対立が先鋭化し始めた党内の融和に努めた。

「限られた経済のパイをどのように分配するかを議論するのではなく、パイを大きくして誰もがより大きなスライスを得られるようにする」。英国で初めて普通の公立校出身の首相になったトラス氏は「自分のお金をどう使うか、人生をどう生きるか、自分の志をどう実現するかは自分自身が一番よく知っている」と保守主義の原則を強調した。

トラスノミクスの3本柱は減税、財政規律、経済改革

「英国はこれまでとは違うやり方で物事を進める必要がある。変化があれば必ず混乱が生じる。すべての人が変化に賛成するわけではない」。トラス氏は党内からも批判が相次いだ所得税の最高税率45%廃止を撤回したものの、法人税率19%と国民保険料の据え置き、住宅取得時の印紙税や所得税率(20%の最低税率を19%に)の引き下げ方針は維持した。

トラス氏は自身の経済政策トラスノミクスの3本柱として減税、財政規律、経済改革を掲げた。「財政を鉄のようにコントロールする」と強調したが、歳出削減で財源を確保できなければ再び市場が動揺し、英中銀・イングランド銀行の支援を仰ぐ羽目になる。経済改革は故・安倍晋三元首相のアベノミクスの成長戦略と同じで、「言うは易し、行うは難し」だ。

保守党は、成長から完全に取り残され、政治的にも無視されてきた「レッド・ウォール(赤い壁)」と呼ばれる旧炭鉱街や脱工業地域の「オールド・レイバー(古い労働党)」を味方につけて2019年総選挙で地滑り的大勝利を収め、20年に欧州連合(EU)から離脱した。地域間の平準化は「レッド・ウォール」からジョンソン氏が課せられた重い宿題でもあった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米な

ビジネス

FRB副議長、インフレ低下持続か「判断は尚早」 慎

ワールド

英裁判所、アサンジ被告の不服申し立て認める 米への

ワールド

ウクライナ、北東部国境の町の6割を死守 激しい市街
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story