コラム

反政府デモに緊急事態宣言で、追い詰められたタイ政府

2020年10月16日(金)15時00分

バンコクでデモ隊のそばに迫る警官隊(2020年10月15日) 


・反政府デモが高まるタイでは、政府が緊急事態宣言を発令して抗議活動の取り締まりに乗り出した

・反政府勢力への超法規的な取り締まりが可能となる緊急事態宣言は、タイ政府にとって「伝家の宝刀」である

・しかし、緊急事態宣言の後にとれる手段はほとんど残されていないため、追い詰められているのはむしろタイ政府といえる

タイ政府は反政府デモの高まりに緊急事態を宣言し、全面的に取り締まる構えだが、これによってむしろタイ政府は後がなくなった。

コロナを口実にした取り締まりの限界

反政府デモが続くタイでは15日、緊急事態宣言が発令された。「平和と秩序を保つため」というのが理由だ。

タイの事実上の軍事政権に対する反政府デモは、コロナによる経済停滞と民主化を求める野党が選挙違反を理由に解党されたことをきっかけに、約半年にわたって続いてきた。それにともない、王室批判を禁じた不敬罪が反体制派の取り締まりに利用されていることもあり、それまでタブーとされてきた王室批判にまで発展している。

この間、タイ政府はデモ隊との妥協や対話を拒み続け、プラユット首相は9月、「コロナ対策を優先すべき」という理由で集会を禁じている。

しかし、政府が抑え込もうとすればするほど、反政府デモはむしろ拡大し、これまですでにデモ隊のリーダー格の参加者が20人以上逮捕された。緊急事態宣言により、デモへの超法規的な取り締まりが可能となったことで、タイ政府は本腰を入れて取り締まりに向かうとみられる。

ただし、それはタイ政府にとってもリスクが大きい。いわば伝家の宝刀でもある緊急事態宣言を発令したことで、タイ政府は後がなくなったからだ。

緊急事態宣言の効能

タイの現行憲法では、外国との戦争や大災害などの際、公共の秩序や国家・国民の安全を確保するために、政府は緊急事態を発することができる。この文言そのものは緊急事態宣言が憲法で明文化されているアメリカやフランスのものとほぼ同じで、特に珍しいものではない。

ただし、外国との戦争、大規模なテロ、災害、感染症などはともかく、体制のあり方に不満を表明する運動を鎮圧する目的で緊急事態宣言を発令することは、少なくとも先進国ではほとんどない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:1ドルショップに光と陰、犯罪化回避へ米で

ビジネス

日本製鉄、USスチール買収予定時期を変更 米司法省

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story