コラム

反政府デモに緊急事態宣言で、追い詰められたタイ政府

2020年10月16日(金)15時00分

しかし、こうしたネット規制をいつまでもタイで続けるのは難しい。

中国やロシアなど、より「本格的な」強権支配の場合、ネット空間での政治活動は日常的に厳しく制限される。しかし、タイ政府の場合、伝統的に西側先進国と友好関係にあり、曲がりなりにも「民主的な政府」を名乗っている以上、ネット規制のコストは高くなりがちだ。

また、タイ政府は「違法なメッセージの発信の規制」に協力しないTwitterやFacebookに法的手段を講じると述べているが、こうした措置は海外投資家の懸念材料ともなるため、経済回復のため少しでも投資を呼び込みたいタイにとって諸刃の剣になる。

つまり、緊急事態宣言で一時的に反政府デモを抑え込んでも、その効果が長続きする見込みは薄い。

調停者の不在

だとすると、いずれタイ政府は反政府デモとなんらかの対話や妥協に向かわざるを得なくなるだろうが、その道のりも厳しいものになるとみられる。これが第三のポイントで、調停者がいないということだ。

当事者同士で行き詰った場合、どの立場からも信頼される調停者の役割が重要になる。カトリック信者の多いラテンアメリカでは1970年代以降、国内の政治対立が激しくなった時、しばしばカトリック教会が間に入って調停の任にあたった。

タイの場合、従来は政治的な対立が高まって暗礁に乗り上げた時、国王が対話を呼びかけ、事態の収拾にあたってきた。

ところが、現在のワチラロンコーン国王は、2016年に崩御した先代プミポン国王と異なり、全ての政治勢力から超然とした立場にない。プラユット首相が王室の取り込みを進め、事実上の軍事政権による支配に利用してきたからだ。

つまり、今のタイで反政府デモ参加者の目からみて、国王は調停者になり得ない。そのため、緊急事態宣言による反政府デモの抑え込みの効果が長続きしないのであれば、プラユット首相は自らの立場を守ろうと何らかの「軟着陸」を目指すだろうが、そのきっかけすら掴むのが難しくなるだろう。

緊急事態宣言で追いつめられたのは、反政府デモよりむしろタイ政府といえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め

ワールド

プーチン氏「ハリコフ制圧は計画にない」、軍事作戦は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story