コラム

「獲得感」なき「獲得感」――官製流行語が示す中国格差社会

2016年04月25日(月)16時16分

中国では流行語が持つ社会的影響力が大きいが、不平等が蔓延するこの国で2015年の流行語として「獲得感」が選ばれたことは何を意味しているのか(北京のホームレス、2016年1月) Jason Lee-REUTERS

 最近、中国の新聞や雑誌の内容が、だんだんと面白くなくなっている。だから、昔ほど熱心に読まなくなった。昔は、といっても5年ぐらい前までのことだが、中国の週刊誌や月刊誌はまさに百花斉放の様相を呈しており、「財訊」「新周刊」「南方人物周刊」「VISTA看天下」などの硬派な雑誌がスクープで張り合い、社会矛盾や腐敗問題を掘り起こしていた。北京の「新京報」や広州の「南方都市報」などのいわゆる「都市報」と呼ばれる日本でいう夕刊紙は、あれやこれや面白い社会ネタをせっせと報じていた。

 ところが、習近平指導部の登場とともに党や政府への批判を戒める「七つの"言わない"(七不講)」の導入や、改革派新聞の「南方周末」が厳しい介入を受けた問題などを境に、急激に中国のメディアは元気がなくなり、報道も面白くなくなって、党幹部へのよいしょ記事が増え、部数は減って広告も取れなくなり、有能なライターや編集の人材は流出、廃刊や停刊も相次いでいる。

【参考記事】「官報メディア」vs「市場型メディア」〜現代中国メディアの読み方おさらい

 そういうこともあって、このところ中国のメディアをちゃんとウオッチしなくなっていたので、流行語や新語には昔ほど詳しくなくなっていた。この「獲得感」という妙な造語に気づいたのも、香港の「亜洲週刊」というニュース週刊誌が記事のなかで「こんな言葉もある」と小さく紹介していたからだ。

 この「獲得感」という言葉、実は2015年に中国の流行語ランキングの一位になっている。中国では、日本語以上に流行語が持っている社会的影響力は大きい。日本の流行語はたんなるお楽しみの域を出ないが、中国の流行語は社会の変化や動きを真っ先に分かりやすく伝播させる役割があり、中国ウオッチのなかで流行語ウオッチは立派な一つのジャンルであると言うことができる。

 しかし、知っておかなくてはならないのは、中国の流行語には、二種類あるということだ。一つは「官製流行語」、もう一つは「民製流行語」である。

 中国の流行語で最も権威ある認定元は、季刊で語学系の記事を専門に扱う「咬文嚼字」という雑誌である。普段はあまり読まれることがないのだが、年末になると流行語トップ10を発表するのでにわかに注目される。いまのところ信用度がナンバーワンだ。その「咬文嚼字」が2015年12月に発表した「十大流行語」によれば「獲得感」がトップを飾った。この「獲得感」こそ「官製流行語」の最たるものだ。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率60%に小幅上昇 PCE

ビジネス

ドル34年ぶり157円台へ上昇、日銀の現状維持や米

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story