コラム

性的虐待を隠蔽し、加害者を野放しにする秘密を守る文化 『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』

2020年07月16日(木)17時10分

「神の恩恵によりほぼすべて時効です」......『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(C)Jean-Claude Moireau

<カトリック教会の神父による児童への性的虐待事件。実話に基づく物語で「フランスのスポットライト」とも言われる映画......>

その独自の感性でフランス映画界で異彩を放ってきたフランソワ・オゾン監督は、新作『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』で初めて実話に基づく物語に挑んだ。彼が選んだ題材は、カトリック教会の神父による児童への性的虐待事件。この題材から、以前取り上げたトム・マッカーシー監督の『スポットライト 世紀のスクープ』を思い出す人も少なくないだろう。オゾンが取り上げた事件でも、組織的な隠蔽が問題となり、「フランスのスポットライト」という表現も目にした。

長い沈黙を破って告発に踏み切る被害者たちの苦悩を掘り下げる

だが、オゾンのアプローチはまったく違う。『スポットライト〜』では、ジャーナリズムが重要な位置を占めていたが、本作では、長い沈黙を破って告発に踏み切る被害者たちの苦悩を掘り下げることに力点が置かれている。その視点はおそらく、係争中の事件を映画化し、上映にこぎ着けたことと無関係ではないだろう。

すべての始まりは2014年、妻子とリヨンに暮らす40歳のアレクサンドルが、同じボーイスカウトにいた知人から「君もプレナ神父に触られた?」と尋ねられたことだった。辛い記憶がよみがえった彼は、今もその神父が子供たちに聖書を教えていることを知り、大きな力を持つバルバラン枢機卿に相談する。枢機卿は彼の訴えに理解を示すものの、一向に神父を処罰しようとはしない。業を煮やした彼は、自分の事件は時効でも他に被害者がいるはずだと考え、神父に対する告訴状を提出する。

告訴を受けて動き出した警察は、91年に以前の枢機卿に送られた手紙を発見する。それは被害者フランソワの母親が神父の行いを訴える手紙だった。その出来事を過去のことと割り切っていたフランソワは、神父が現役であることを知って怒りがこみ上げ、神父だけでなく、事件を隠蔽した枢機卿も訴える決意を固める。さらに、フランソワが立ち上げた被害者の会の記事を読み、心を動かされた時効前の被害者エマニュエルが声も上げる。

本作では、バトンを渡すように主人公が変わり、被害者と支持者の輪が形作られていく構成になっている。そんなドラマからは、事件から告発に至るまでの時間の重さがひしひしと伝わってくる。虐待は、被害者と両親の関係にも様々な影響を及ぼす。

アレクサンドルが自分に起こったことを両親に告白したのは17歳になってからだったが、保守的で波風を立てたくない彼らはなにもしなかった。彼が告発に踏み切ったことも快く思っていない。エマニュエルの母親は、息子が告白したとき、その深刻さを理解しながらなにもできなかった。だから、息子が被害者の会の記事を見るように仕向け、会のために尽力し償おうとする。

フランソワの両親は、自分に何が起きたのかをまだ理解していない息子の言動から事情を察し、近隣の神父や枢機卿に抗議の手紙を送りつけたが、相手にされなかった。オゾンが細やかに描き出す被害者とその家族の苦悩は、強く印象に残る。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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