コラム

トランプの「暴言」は、正式候補になってますますエスカレート

2016年07月26日(火)14時45分

Kacper Pempel-REUTERS

<共和党の正式な大統領選候補となったトランプだが、暴言はますますひどくなっている。NATOの集団的自衛権を否定したり、WTO加盟を抜けると言ってみたりと、外交的な悪影響がある発言は無視できない>(写真は先月のNATO演習に参加した英軍パラシュート部隊)

 先週21日に党大会で「指名受諾演説」を行って、正式に大統領選における共和党の統一候補となったトランプですが、いよいよ本選というこの段階になってもその「暴言」は止まりません。

 トランプは選挙戦の初期から「イスラム教徒の入国禁止」とか「不法移民の強制送還」などと言い続けてきたわけですし、また日本に関しては「貿易の不均衡を是正する」とか「駐留米軍の経費を100%負担しないなら撤退する」「米軍撤退の場合には核武装を認める」「TPPは撤廃」などとも言ってきました。

 何が問題かというと、こうした「暴言」は比喩であったりファンタジーであったり、要するに非現実的なのですが、「暴言の持つ虚構性」と「現実」の間を埋める気配がまったくないことにあります。それどころか、ここへきて「暴言」が加速している印象すら受けます。特に軍事外交の微妙な問題について、立て続けに問題発言をしているからです。

 まず21日付のニューヨーク・タイムズに掲載された独占インタビューですが、特に「バルト三国にロシアが侵攻しても自動的に反撃しない」という部分は、どうしても見過ごすことはできません。

【参考記事】異例尽くしの共和党大会で見えた、「トランプ現象」の終焉

 この発言がなぜ問題なのかというと、これは北大西洋条約機構(NATO)の集団的自衛権を否定しているからです。NATOは「集団安全保障体制を構築する」だけでなく、「いずれの加盟国に対する攻撃も全加盟国に対する攻撃とみなす」ことを条約で相互に義務付けており、そのことで「集団的自衛権」が自動的に発動され、陣営に対する攻撃への抑止力とするものです。その根幹を否定しているのです。

 タイミングも問題です。というのは、今月8~9日にポーランドのワルシャワでNATOの首脳会議が開かれたのですが、その中でロシアの軍事的脅威を抑止する目的で、バルト三国とポーランドへの4大隊4000人の展開を正式に決定していたからです。その決定が抑止力目的の政治的行動であるならば、トランプ発言はその抑止力を横から壊していることになります。

 さらにこのような言動の先には、日米安全保障条約におけるアメリカの防衛義務について、その「条約の縛りによる抑止力」を減じる可能性があることも指摘できます。大変な問題発言です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story