コラム

高度プロフェッショナル制度と、日本が直面する頭脳流出の危機

2018年06月05日(火)18時20分

「高プロ」制度には長時間労働を許すことになるという観点から反対意見が出ているが PeopleImages/iStcok.

<日本の経済界が制度の実現を望む背景には、高度な技術を持った人材が流出してしまうことへの危機感があるはずだが、現在検討されている制度にそれを食い止める効果はない>

2005~07年にかけて「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」というのが検討されたことがありました。いわゆる頭脳労働における労働時間規制を緩和し、時間外手当の支給対象から外すという考え方でしたが、世論の反対に遭って実現しませんでした。

それから11年を経て、今回は「高度プロフェッショナル制度」が改めて提案されています。今回の案は、前回の案とは少し相違点があります。基本的に時間管理の対象から外すのは、専門職のみとし、しかも年収も1075万円以上に限定しているという点が異なります。

ですが、実際の法案には金額は明記されておらず、厚労省の省令によって年収最低限はいくらでも変更ができることから、一旦この法律が成立してしまうと、もっと低い年収の人々も含めて残業手当が支払われない危険がある、そんな指摘がされています。

一方で、既に実施されている制度としては、裁量労働というものがあるわけですが、そもそも労働者に時間管理を中心とした作業段取りの裁量権が完全にはない日本では、裁量労働制残業手当がカットとしてしか作用していない中で、裁量制イコール生産性の向上にはなっていないという議論もあります。

では、そのように批判の声が大きいこの案を、どうして日本の経済界は実現したがっているのでしょうか?

そこには2つ理由があると考えられます。

1つは、技術者や会計士などといった専門職については、グローバルな労働市場というものが成立しているからです。高い訓練を受けて来たり、中身の濃い経験を蓄積したりした人材の価値、つまり国際的な労働市場における賃金水準というのは、上昇して来ています。コンピュータのソフトウェア・エンジニアという職種の場合は、即戦力とみなされれば大卒初任給が10万ドル(1100万円)を越える場合が普通ですし、メカニカル・エンジニアリング(機械工学)技術者などの給与も高騰しています。

日本の場合は、こうした専門職の国際的な労働市場からは「隔離」された世界がありました。いかに潜在的なスキルが高くても、1年目は月給21万円程度の初任給からスタートして、技術職も事務職もそれほど差のない賃金体系で昇給する、その代わり全員が管理職候補であり、また役員候補だという前提で人事ローテーションをかけて囲い込むということがされていたのです。

ところが、グローバル化の進展により、日本の企業内でも、こうした国際的な労働市場を意識せざるを得なくなりました。その結果として、例えば若くても高給を保障しなくてはならないAI(人工知能)関連の研究開発などは、そもそも国内には人材が少ないし、また国内の給与体系には合わないということで、海外に拠点を移すということがされたのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story