コラム

東京の江東5区、台風19号では見送られた250万人の広域避難

2019年10月29日(火)16時00分

首都圏のすべての鉄道が運休したため避難勧告は見送られた(写真は台風19号で増水した多摩川、10月13日) Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<今後の豪雨災害の頻発を見越して、実際に広域避難が機能するためのPRや訓練が必要>

今月12日に関東に上陸した台風19号の際に、東京都東部の低地帯にある江東5区。つまり墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の各区は、都の西部や他県などへの「広域避難」を一時検討していたことが分かった、と24日に時事通信(電子版)が報道しています。

この記事ではさらに、検討はされたものの、「首都圏の在来線全ての運休が決まったため住民への呼び掛けや勧告は見送った」と説明されていました。2018年8月に、この5区で構成する協議会は広域避難の計画を策定しました。具体的には「台風の中心気圧が930ヘクトパスカル以下」「荒川流域での3日間の積算雨量予測が500ミリ超」を目安として、この基準を超えた場合は広域避難の呼びかけをすることとされていたそうです。

今回はどうだったのかというと、台風上陸の72時間前の9日に「検討に着手」されて、上陸当日12日の朝には前年に決めた基準の「500ミリ」を超える雨量の予報が出たそうです。このため広域避難の呼びかけがされる可能性があったのですが、実際は計画運休の発表に加えて、予報が避難勧告基準の600ミリ超を下回る予報だったので、広域避難は見送られたとされています。

これは大変なニュースです。5つ大きな疑問があります。次の台風接近や大規模な豪雨の発生までに、こうした疑問を解いておく必要があります。なぜならば、温暖化がドンドン進む中で、今回の15号+19号+21号のような台風被災は、より深刻な形で繰り返されるということは想定しておかなければならないからです。

1つ目は、結果的に今回は荒川と江戸川の氾濫は発生しなかったし、また江東5区における内水氾濫も起きませんでした。その原因をしっかり検証しておくことが必要です。「500ミリ」という基準を決めておいて、その場合は広域避難の呼びかけをすると決めながら、結局できなかった中で結果的に「洪水にはならなかった」という事実が重なると、人間の心理は「500ミリなら大丈夫」という安易な判断に流れがちです。その判断が大きな禍根を残すことのないように、検証が必要と思います。

2つ目は、江東5区における降雨量だけで決めていいのかという問題です。利根川水系には、今回機能したと言われる八ッ場(やんば)ダムなど多くのダムで治水がされていますし、俗に言う「地下宮殿」などの洪水調整施設が機能しています。ですが、それでも想定を上回る降雨が上流で起きた場合は、利根川の支流である江戸川にしても、それとは別の河川ながら流域の重なる荒川についても、氾濫リスクがあるわけです。江東5区としては、内水氾濫だけでなく、そうした外水氾濫も想定して、その上で広域避難の検討をしているはずです。また東京湾の高潮被害の可能性も想定するべきです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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