コラム

日本で「ツタンカーメンのエンドウ」が広まった理由、調べました

2019年05月22日(水)19時20分

種が送られてきたのはその前年となっているので、1956年が日本上陸の年になる。記事は、このエンドウがツタンカーメンの棺から発掘されたものだしているが、もちろん、それが事実かどうか一切考察されていない。

いずれにせよ、この世界友の会の種がまず水戸市内の小学校などで栽培されるようになり、それがやがて全国に広がったと考えられる。地方紙や全国紙の地方版にはこのたぐいの記事がいろいろ出ていた可能性があるが、残念ながら、今回はそこまで手が回らなかった。

全国紙首都圏版に限定してみると、その後、ツタンカーメンのエンドウに関する記事はほとんど出てこなくなる(ツタンカーメンの黄金のマスクが来日したのは1965年で、大人気を博したが、その前後でもエンドウに関する報道は見つけられなかった)。

ひさびさの全国版への登場となったのが1985年2月22日付朝日新聞の天声人語であった。ここでは、水戸から譲られたツタンカーメンのエンドウが群馬県高崎市の小学校で栽培されているのが紹介されている。なお、この数日後にはNHKでも同じ小学校のツタンカーメンのエンドウの話が放送されたという。

ツタンカーメンのエンドウが日本全国に拡大したのは、おそらくこのときの報道がきっかけではなかろうか。そして、翌1986年には学研がバイオ技術を使って150万粒の種を製造、『5年の科学』の付録としてツタンカーメンのエンドウを全国にばらまいたのである。

朝日新聞はわりと積極的にツタンカーメンのエンドウについて報じており、投稿欄でもツタンカーメンのエンドウをテーマにした読者の声がいくつも見つかった。それらをみると、学校教育の一環としてこの豆が利用されているのがよくわかる。

しかも、新聞自体も、読者プレゼントのようなかたちでエンドウの拡大に貢献しているのだ。そして、その場合、かならず枕詞のように古代エジプトのロマンといった言葉が添えられる。仮にツタンカーメンのエンドウが捏造であるならば、日本のメディアも罪深いことをしたものだと思う。

たしかに、ツタンカーメンのエンドウが仮に本物であるならば、理科と社会科の文理融合的な授業としてかっこうの教材となるだろう。しかし、仮にインチキだったなら(そしてその可能性はきわめて高いはず)、理科の勉強にはなっても、社会科の勉強にはけっしてならない。もちろん、教師側が子どもたちを科学的に疑う方向に誘導してくれるなら、それはそれで、すばらしい授業になるだろう。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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