コラム

狙われる金融機関。日本のコンビニATMとバングラ中銀

2016年05月30日(月)16時30分

photographereddie-iStock

<日本各地のコンビニATMから14億円が不正に引き出され、バングラデシュ中央銀行から92億円がハッキングで盗まれた。国境をまたいで弱い結節点が狙われる>

 それほど大きく報道されなかったが、共同通信によれば、5月15日(日)の朝、本州と九州の17都府県にあるコンビニの現金自動預払機(ATM)約1400台で、偽造クレジットカードとみられる1600枚のカードが一斉に使われ、現金合計約14億円が不正に引き出されたことが明らかになった。日曜日の朝、2時間あまりのうちに各地で100人以上が引き出しに関わった可能性があるという。引き出し回数は1万4000回以上で、いずれも限度額の10万円ずつ引き出されている。預金から引き出すのではなく、クレジットカード会社から現金を借りるキャッシング機能が悪用されたという。

 使われたカードはおそらく偽造で、南アフリカの銀行から流出したカード情報が使われていた。利用されたコンビニのATMでは、ある特定の銀行のサービスが使われたようだが、その銀行は、海外で発行されたクレジットカードやデビッドカードのキャッシング機能を受け付ける数少ない日本の金融機関の一つだった(多くの日本の銀行のATMは外国発行のカードを受け付けていない)。VISAやマスターカード、シーラス、銀聯などのマークが付いたカードが24時間使えるようになっているが、南アフリカの銀行と日本の銀行との間の直接的な接点は見つかっていない。両方の銀行が古い磁気ストライプ型のカードを使っていたということぐらいだろう。

 南アフリカの銀行は、その他の関連する犯罪を含めて1900万ドル(約20億8000万円)の直接的被害を受けたと認めている。犯罪の仲介をさせられた日本の銀行は何も失っていないが、セキュリティが甘かったと問われることになるかもしれない。ATMの機械自体は、操作しているのが犯罪者なのかどうかを判断できない。真正なデータが入った偽造カードを使われても怪しんで止めることはできない。日曜日の朝という監視の目が薄くなりがちな時を狙って一気に行われたのだろう。

 それにしても、1600枚の偽造カード、17都府県の1400台のATM、100人の出し子、1万4000回の取引、14億円というスケールの作戦を2時間で行ったという事実を見れば、素人のできることではない。国内外の犯罪組織がかかわったと見るべきだろう。

崩れる日本語の壁

 これまで日本の金融機関は日本語の壁と国際送金不可の壁によって守られてきたといわれている。オンラインバンキングのサービス提供は日本語によるものがほとんどで、英語や他の言語でのサービス提供には積極的ではなかった。仮にオンラインバンキングのアカウントを乗っ取ってそこからどこかに送金しようとしても、海外の金融機関の口座に送ることは、普通はできなかった。犯罪対策やテロ対策のために金融機関は国際送金を厳しく監督しており、まとまった金額の送金の場合には目的を窓口で聞かれることもある。手数料もかなり高い。発展途上国のような携帯端末による送金も普及していない。

 他方、海外では出稼ぎ労働者の仕送り目的などで各種の国際送金手段が確保されていることが多く、そうしたサービスの脆弱性が悪用されたり、街中のATMの脆弱性が悪用されたりするケースが相次いでいた。無論、そうした悪用に対抗する措置も進められてきた。クレジットカードやキャッシュカードも磁気ストライプによるものからICチップ入りのものに切り替わり、署名でなくパスコード入力が主流になっている。

 南アフリカの銀行も日本の銀行も、急激な取引の増加を監視するシステムを入れておくべきだったとの声もある。日曜日の朝にそれほどまとまった取引があることはあまりないだろう。おそらく異常値を示していたはずである。

 それにしても、日本の地理的な孤立と言語的な孤立から、多少の油断や隙があったといえるかもしれない。もはや犯罪のグローバル化は日本にも迫ってきている。あるいは、他国での犯罪に対する締め付けが厳しくなってきたため、比較的やりにくかった日本も対象になってきたということもいえるだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国4月鉱工業生産、予想以上に加速 小売売上高は減

ワールド

訂正-ポーランドのトゥスク首相脅迫か、Xに投稿 当

ビジネス

午前の日経平均は反落、前日の反動や米株安で

ビジネス

中国新築住宅価格、4月は前月比-0.6% 9年超ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story